2025/11/12
認知症ケアのトレンド!今日から在宅介護に取り入れられる「ユマニチュード」とは?
目次
はじめに
日本は世界に先駆けて超高齢社会を迎え、認知症への対応は私たちにとって身近な課題となっています。厚生労働省の推計によれば、2025年には65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症になると予測されており、誰もが認知症の人と関わる可能性があります。
認知症とは、何らかの原因によって後天的な脳の障害が起こり、一度獲得した認知機能(記憶、判断力、言語能力など)が持続的に低下している状態を指します。この認知機能の障害によって、日常生活に支障をきたしている状態が認知症です。認知症を引き起こす病気(原因疾患)は多数存在しますが、認知症が進行する最大の原因は加齢とされています。
家族が認知症になったとき、多くの介護者は戸惑いや不安を感じます。「どう接すればいいのかわからない」「何度も同じことを聞かれて疲れてしまう」「拒否されて傷ついた」という声は少なくありません。しかし、適切なケア技法を知ることで、認知症の方との関係性は大きく変わります。 本記事では、かかりつけ看護師バディ 代表 皆島悦子氏の監修のもと、フランス発祥の認知症ケア技法「ユマニチュード」についてご紹介します。
ユマニチュードは、専門的な医療や介護の現場だけでなく、在宅介護においても実践できる具体的な方法論です。この技法を理解し取り入れることで、認知症の方の尊厳を守りながら、介護者自身の負担も軽減できる可能性があります。
そもそも認知症とは?

「物忘れ」との違い
「最近物忘れが多くなった」と感じても、それが加齢による自然な物忘れなのか、認知症の初期症状なのかを判断するのは難しいものです。しかし、両者には明確な違いがあります。
加齢による物忘れは、脳の老化が原因で起こります。体験した記憶の一部を忘れるため、「昨日の夕食に何を食べたか思い出せない」といった状況が生じます。しかし、時間や場所の認識はしっかりとあり、症状はほとんど進行しません。何より重要なのは、忘れたことを自分で自覚している点です。例えば「つい約束の時間を忘れてしまった」「爪切りをどこにしまったのか忘れた」というように、忘れたという事実そのものは覚えています。
一方、認知症は脳細胞の変性が原因で起こり、体験した記憶のすべてを忘れてしまいます。「昨日夕食を食べたこと自体」を忘れるため、「まだ食べていない」と主張することがあります。時間や場所の認識ができなくなり、症状は進行していきます。そして最も大きな特徴は、忘れたことの自覚がない点です。「約束したこと」「爪切りをしまったこと」そのものを忘れるため、本人にとっては「そんなことはしていない」というのが真実なのです。
| 項目 | 物忘れ | 認知症 |
|---|---|---|
| 原因 | 脳の老化 | 脳細胞の変性 |
| 忘れる範囲 | 体験した記憶の一部を忘れる | 体験した記憶のすべてを忘れる |
| 時間や場所の認識 | 認識がある | 認識できない |
| 症状の進行 | ほとんど進行しない | 進行する |
| 自覚の有無 | 忘れたことを自覚している | 忘れたことの自覚がない |
この違いを理解することは、認知症の方への接し方を考える上で非常に重要です。本人に忘れたことの自覚がないため、「さっき言ったでしょ」「何度も同じことを聞かないで」といった対応は、本人を混乱させたり傷つけたりする原因となります。
高齢化と比例した患者数の推移
日本における認知症の人の数は、高齢化の進展とともに急速に増加しています。2012年には約462万人でしたが、2025年には約700万人に達すると推計されており、これは65歳以上の高齢者の約5人に1人に相当します。さらに2040年には800万人を超え、高齢者の約4人に1人が認知症になるという予測もあります。
この背景には、平均寿命の延伸と出生率の低下による人口構造の変化があります。認知症の最大のリスク要因は加齢であり、特に85歳以上になると発症率が急激に上昇します。日本が世界最高水準の長寿国となった今、認知症は誰もが向き合う可能性のある身近な問題となっています。
こうした状況を受け、国も認知症施策を推進していますが、医療や介護サービスだけでは対応しきれません。家族や地域社会全体で、認知症の人を支える体制づくりが求められています。そのためには、認知症を正しく理解し、適切なケアの方法を知ることが不可欠です。
フランスのケア技法「ユマニチュード」とは

ユマニチュードが誕生した経緯
ユマニチュード(Humanitude)は、1979年にフランスで体育学の専門家であるイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティによって開発されたケア技法です。「ユマニチュード」という言葉は、フランス語で「人間らしさ」を意味します。
開発者の二人は、もともと病院職員の腰痛予防のための身体介助法を指導していました。しかし、現場で働く中で、ケアを拒否する患者や攻撃的な行動をとる患者に対して、職員が力ずくで対応せざるを得ない状況を目の当たりにしました。この経験から、「ケアを受ける人の尊厳を守りながら、ケアする人も疲弊しない方法はないだろうか」という問いが生まれました。
そこで二人は、人間とは何か、人間らしさとは何かという哲学的な問いから出発し、認知機能が低下した人々に対しても「あなたは人間である」というメッセージを伝え続けるケアの方法を体系化しました。フランスでは現在、400以上の病院や施設で導入され、日本でも2014年以降、医療・介護現場での実践が広がっています。
ユマニチュードの特徴は、特別な設備や道具を必要とせず、日常的なケアの中で実践できる点です。見る、話す、触れる、立つという人間の基本的なコミュニケーション手段を活用し、認知症の人との信頼関係を築きます。
4つの柱と5つのステップ
4つの柱とは、ケアの基本となる4つのコミュニケーション手段を指します。
- 見る:正面から水平に、近い距離で、長く見つめる。視線を合わせることで「あなたを大切に思っています」というメッセージを伝えます。認知症の方は視野が狭くなっていることが多いため、視界に入る位置から、優しくまっすぐに目を見ることが重要です。
- 話す:ポジティブな言葉で、優しく、ゆっくりと話しかける。たとえ返事がなくても、ケア中は実況中継のように「今、背中を洗いますね」「気持ちいいですね」と語りかけ続けます。これにより、相手を一人の人間として尊重していることを伝えます。
- 触れる:広い面積で、優しく、ゆっくりと触れる。つかむのではなく、手のひら全体で包み込むように触れることで、安心感を与えます。触れる前には必ず声をかけ、突然触れることは避けます。
- 立つ:1日20分、立つことを支援する。立位をとることは、人間らしさを保つために重要であり、身体機能の維持にもつながります。完全に立てなくても、少しでも立位をとる時間を作ることが推奨されます。
次に5つのステップは、ケアを行う際の一連の流れを示します。
- 出会いの準備:部屋に入る前にノックをし、視界に入る位置から挨拶します。相手が受け入れる準備ができているかを確認します。
- ケアの準備:これから何をするのかを説明し、同意を得ます。相手の反応を見ながら、ケアを始めるタイミングを図ります。
- 知覚の連結:見る、話す、触れるという3つの柱を同時に実践しながらケアを行います。複数の感覚を通じてコミュニケーションをとることで、相手の意識を「今ここ」に繋ぎとめます。
- 感情の固定:ケアの最後には、楽しかったこと、嬉しかったことなど、ポジティブな感情を言葉にして伝えます。「今日は一緒に気持ちよく入浴できて嬉しかったです」など、良い記憶として残るよう働きかけます。
- 再会の約束:「また明日お会いしましょう」と次回の約束をして別れます。これにより、関係性が継続することを示します。
これらの技法は、認知症の方に「あなたは大切な存在である」「あなたは一人の人間として尊重されている」というメッセージを伝え続けることを目的としています。ケアを拒否していた人が穏やかになる、攻撃的だった人が笑顔を見せるようになるなど、実践現場では多くの変化が報告されています。
看護・介護現場でのユマニチュードの実践

ユマニチュードと出会う前
私がユマニチュードに出会う前、急性期病院での看護では、身体抑制(道具や薬剤を用いて、本人の行動の自由を意図的に制限する医療行為)は必要な治療の一部として当たり前のように行われていました。
もちろん、家族や本人の了承は得ますが、特に高齢の患者さんは無意識のうちに点滴を抜いたり、傷口を触ってしまったりすることが多く、危険を防ぐためには抑制が最も確実な方法だと考えられていたのです。
実際、頭の手術後にドレーン(脳室や脳槽などに貯留した過剰な髄液や血液を体外に排出するために、チューブ(ドレーン)を挿入する医療処置)を抜いて歩き回ってしまう患者さんを見たときは、こちらの方が血の気が引く思いでした。
そうした事態を防ぐため、事前に抑制を行うことが日常的でしたが、抑制される患者さんは驚くほど強く抵抗されます。看護師一人では支えきれず、数人がかりで押さえることもありました。
そのときの患者さんの恐怖や苦痛は、想像以上だったと思います。
現場を守るための行為でありながら、心のどこかで「これで本当にいいのだろうか」と感じていました。
看護現場でユマニチュードを取り入れてみると
私が集中治療室に勤務していた頃、毎晩のように「それでは会社に行ってきます」と夜中に起き上がる70代の患者さんがいました。
そのとき私は、「ユマニチュードは優しさを演じる技術」という学びを胸に、正論で止めるのではなく、納得してもらえる声かけを心がけていました。
「今は夜中の2時ですし、外はまだ真っ暗です。明るくなったら一緒に会社へ行く準備をしましょうね。」
そう伝えると、患者さんは安心して再びベッドに戻られました。
また、「妻を一人で家に置いてきたから心配で」と繰り返す80代の男性には、奥様はずっと前に亡くなられていることを告げず、
「明るくなったら私がおうちに電話して、お気持ちを伝えておきますね。」
と話すと、落ち着いて休まれることが多かったです。
認知症の方は、間違いを否定されたり正論をぶつけられたりすると、自分を責められたように感じて興奮してしまいます。
だからこそ、私は「説得より納得」を常に意識して対応していました。 もちろん、うまくいかないこともありましたが、多くの場合、穏やかな時間を取り戻すことができました。
在宅介護へのユマニチュードの取り入れ方

在宅介護の中で気づいたユマニチュードの本質
私の母は、私たち家族(夫と子ども3人)と共に暮らしていました。
夫婦共働きだったため、子どもたちは生まれた時から祖母に世話を受け、家を出るまで深い絆を育みました。けれど、子どもたちがそれぞれ独立していくにつれ、私と母の関係も変わっていきました。
もともと母とは、決して良好とは言えない距離感のある親子でした。表立ってけんかをするわけではないけれど、どこかぎこちなく、互いに遠慮しながら暮らしていたように思います。
異変に気づいたのは、ある日、冷蔵庫に豆板醤が5個も並んでいたときでした。
その頃から料理の味付けが少しずつ変わり、やがて車の運転で軽い事故を起こし、免許を返納した頃には、認知症の進行が目立ってきました。
夜中の独語、ショートステイでのトラブル、そして転倒・骨折。
その後は、寝たきりになり、娘の顔もわからないまま病院で最期を迎えました。
この経験から痛感したのは、他人同士だからこそ保てる”距離”が、家族の間では崩れやすいということです。 そこに、在宅介護の難しさが潜んでいます。
在宅介護における3つのポイント
1.「介護者」ではなく「一人の人間」として向き合う
親子関係では、どうしても「昔の母」「昔の娘」という感情が入り込みます。
しかし、ユマニチュードの核心は「あなたを一人の人間として大切に思っています」というメッセージ。
「お母さん」「娘」という関係から一歩離れ、「いま、この人はどんな気持ちでいるのだろう」と、”今の母”を見る視点が大切です。
怒りっぽくなった母にも、「どうして怒るの?」ではなく「今日は何か不安だった?」と気持ちを変換することがポイントです。
それが家庭でできるユマニチュードの第一歩です。
2.「完璧を目指さない」ユマニチュード
在宅介護では、感情の波があって当然です。
「優しくできなかった自分を責めない」ことも、ケアの一部。ユマニチュードは「優しさを演じる技術」です。
「今日は少しできた」
「明日は声のトーンを意識してみよう」
そんな小さな積み重ねが、家庭のユマニチュードです。
3.「介護する側の心を守る」こともユマニチュード
親子関係が複雑なほど、介護者の心は傷つきやすくなります。
ユマニチュードは「ケアされる人のための哲学」であると同時に、「ケアする人が潰れないための哲学」でもあります。
「一人で抱えない」
「距離をとる勇気」
「第三者に話す」
これらも、立派な”ケアの技術”です。
今、振り返ってみると——
もしもう一度、母と向き合う時間があったなら、もう少し気持ちを穏やかにして話を聞けたかもしれません。
特別なことをしなくても、一緒にお茶を飲んだり、傍にいるだけでよかったのだと思います。
そう思える今、母との日々は、私にとって”ユマニチュードの原点”になっています。
まとめ

認知症にならないために生活習慣を見直すことはとても大切です。
それと同時に「認知症になっても安心して暮らせる社会の実現」をみんなで考えていくことが優先課題ではないでしょうか。
ユマニチュードとは、「相手を大切に思う心」を”行動の形”として表す技術。
そしてそれは、患者さんや家族のためだけでなく、ケアする自分自身を守るための哲学でもある、ということです。

監修 かかりつけ看護師バディ 代表 皆島悦子
さいたま赤十字病院で43年間看護師として勤務。
受診や健康管理を安心して相談できる存在を目指し、2023年11月「かかりつけ看護師バディ」を設立。
一人で受診される方に受診同行し、医師の説明をわかりやすく家族やケアマネに伝え、生活を支えていきます。
生活習慣の見直し支援により、病気になってからではなく、予防の視点を取り入れた生活を伴奏支援します。
利用者一人一人に寄り添い、医療・生活の両面から安心を届ける仕組みづくりに力を入れて取り組みます。




